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寄稿文

​限界 今村孝子/75期

 パークロードの新緑が美しい5月中旬、愛すべき友より同窓会誌への寄稿を命じられた。伝統ある山高同窓会からの依頼拒むすべもなく「いいよ」と答えておいた。そして、木々の掠も濃くなり紫陽花とのコントラストの美しい季節となった。友との約束は紫陽花のように七変化できず、パソコンとのにらめっこが始まった。
 そもそも私は、50年の人生のほぼ全てを山口県で生活し、その4/5を山口市民として過ごしている内弁慶(?)である。加えて、物事を素直に受け入れることを美徳(要は問題意識の欠如なのだが・‥)として育まれた教育効果は現在も健在で、辛口の発言は内向けに留めているため、読み応えのある文章を書くことは難儀である。尤も、発言の方は年を重ねるごとに『内』の範囲が拡大していき、最近は「見た目よりかなり辛辣」との評価を頂戴しているが、近い将来『内』と『外』との境界が不明瞭になることだけは回避したいところである。前置きの長いことが、見栄っ張りの証になっては恥ずかしいのでそろそろ原稿の目的に移ることにする。目的とは、50歳の記録いや記憶のために拙文にまとめて、現在の自分を省みる機会とさせていただくことである。もう少し欲張れば、いつか50歳を迎える若き同窓生の参考になることでもあれば、という思いを届けてみたいためでもある。
 私は、仕事と家庭を両立してきたキャリアウーマンといえば聞こえがいいが、多くの人様の力に助けられて、夫とふたりで3人の子どもを育てながら、卒業直後から24時問オンコールの小児科医を約17年問して普た。しかし、12年問皆勤の小・中・高校時代の強靭な体力を過信してか、気付いた時には夜の仕事(当直や待機当番)に耐え得ない体力となっていた。臨床医を断念するには時問が必要だったが、県職員であったため“保健所に転勤”という形で行政医となり、現在は、男女共同参画推進と国民文化祭(H.18年山口県開催予定)準備担当という医療とは直接の接点がない仕事をしている。臨床医を生涯の仕事と決めて迷うことのなかった私としては、まだ少し夢の中の心境である。
 ところで、現在の担当領域の前者の方は概して誤解が多い。性別による不合理な扱いを是正することが男女共同参画行政であるが、時として男性を糾弾する行政と問違われることがある。昨年、全国3番目に制定された「山口県男女共同参画推進条例」も、「男が皿洗え、女が外で仕事しろ条例」と椰揄されることがあるが、山口県の男女が自分の性をそして相手の性を大切にして生きるための条例であり、決してそんなに簡単なものではない。価値観の多様化した現在、生き方を制限することは幸せとは言えず、生き方の選択肢を増す施策が行政に与えられた役割であり、このあたりがある意味での行政の限界とも思える。限界といえば消極的なイメージが付書まとうが、必ずしもそうとばかりは言えない。なぜなら「己の分を知る」ことが「限界」という言葉で置き換えることもできるからである。「障害児の親の大変さをどんなに理解し不憫に思っても、医師が自分の子として育てることはできない。その限界を知れば、自ずから踏み込めない領域があることが理解できる。」こんな簡単なことを理解するのにかなりの時間を要した私は、その後自分の仕事の限界にはかなり敏感になった。行政職という多くの人々の幸せを手助けする仕事には、限界を計りながらの動きが求められているような気がする。
 職業生活の2/3を過ごした医療領域では、個人に深く介入することも多く「個→全体」の思考方向であったが、行政領域では「全体→個」の思考方向が多い。とはいえ共に多くの人々の多様な生き方をサポートすることに関しては共通である。尊敬する解剖学教授から「社会の仕組みと体の仕組みは機能的にはとても似通っているので、社会を医学の目で理解すると多くの発見とアイデアがある」と励まされたことがある。50歳の今、医療のマインドを駆使して行政職にチャレンジしていく覚悟を固めようとしている。所詮、自分が誰かの投に立てるのだ、という自己満足の世界からは抜けきれるはずもない。せめて超人的精神に近づくことをこれからの目標として、自戒しながら生きていくことにしたい。
 
 
 
 
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